トラウマ
トラウマについて
トラウマは、強い恐怖や衝撃を伴う出来事を経験したあとに、その体験が心に強い影響を残した状態を指します。フラッシュバックや不眠、強い不安などの症状が続くことがあり、日常生活に支障をきたす場合もあります。トラウマは意志の弱さや性格の問題ではなく、強いストレス体験に対する心や脳の反応によって生じるものです。この記事では、トラウマの原因・症状・治療法について、精神科や心療内科での診断の流れとあわせてわかりやすく解説します。
トラウマとは
トラウマとは、生命の危険を感じるような出来事や、強い恐怖・衝撃を伴う体験によって、心に影響が長く残っている状態を指します。医学的には「心的外傷」とも呼ばれ、単なる嫌な記憶ではなく、脳の記憶処理や感情の調整機能に変化が生じている状態です。
原因となる出来事は、交通事故・災害・暴力・虐待・喪失体験などさまざまです。一度の強い体験だけでなく、長期的なストレスや繰り返しの傷つきによって生じることもあります。同じ出来事でも影響の出方には個人差があり、「大したことではない」と感じていても症状が続く場合は、医療機関への相談を検討してください。
トラウマの原因
トラウマの原因となる体験は、大きく「一回性のトラウマ(単回性外傷)」と「複雑性トラウマ」の2つに分けられます。
一回性のトラウマには、交通事故・自然災害・犯罪被害・突然の死別などが含まれます。一方、複雑性トラウマは、幼少期の虐待・ネグレクト・家庭内暴力(DV)・いじめなど、長期にわたり繰り返し傷つく体験によって生じます。複雑性トラウマでは、自己評価の低下や対人関係の困難など、生活全体に影響することもあります。
また、代理受傷といって、本人が直接体験していなくても、他者の被害を目撃することや、身近な人のつらい出来事を知ることでトラウマが生じることがあります。こうした体験は年齢を問わず起こり、心身の不調につながる可能性があります。
トラウマによって現れる症状
トラウマによる症状は、心理面・身体面・行動面など多方面にわたって現れます。代表的な症状を説明します。
フラッシュバック
フラッシュバックとは、過去のつらい体験が突然、今起きているかのように感じられる症状です。視覚的な映像だけでなく、においや音、身体感覚として蘇ることもあります。本人の意思とは関係なく起こるため、日常生活に大きな支障をきたすことがあります。フラッシュバックが生じたときには、強い恐怖や混乱を伴うことがあります。
強い不安・緊張・過覚醒状態
過覚醒とは、神経が過度に緊張し、常に周囲を警戒している状態を指します。些細な物音にも過敏に反応する、常に周囲を警戒してしまう、リラックスできないといった状態が続きます。
また、動悸・発汗・息苦しさなどの身体症状が出ることもあります。これはトラウマ体験への反応として、脳が危険を常に警戒する状態が続くことで起こるものです。
回避行動
回避行動とは、トラウマ体験を思い出させる場所・人・話題などを避ける行動です。事故現場の近くを通れない、特定の話題を避けるなど、生活範囲や人間関係が徐々に狭まることがあります。こうした行動によって、その場では不安や恐怖を和らげられる一方、避けることが続くと、仕事や外出、人間関係などの日常生活に影響する場合があります。
睡眠障害・悪夢・集中力低下
トラウマにより睡眠が乱れることがあります。寝つきが悪い、途中で目が覚める、悪夢を繰り返し見るなどが代表的です。睡眠の質が低下すると、日中の集中力・記憶力・判断力も低下し、仕事や学業などに支障が出ることがあります。「疲れのせい」と見過ごされやすいですが、トラウマ反応の一つである場合があります。
感情の麻痺・無気力
強い苦痛から身を守るため、喜びや悲しみなどの感情が鈍くなることがあります。以前好きだったことへの興味が薄れる、喜びや悲しみを感じにくい、人との感情的な距離を感じるなどの状態が続きます。抑うつ状態と似ているため区別が難しく、専門家による評価が重要です。
トラウマとPTSDの関係
PTSD(心的外傷後ストレス障害)は、トラウマ体験のあとにフラッシュバックや回避などの症状が長期間続き、日常生活に支障が出ている場合に診断される精神疾患です。
トラウマは、強い恐怖や衝撃を伴う体験そのものや、その影響で心身に不調が生じている状態を指します。トラウマとPTSDの関係は「原因と結果」であり、トラウマ体験(原因)によって強いストレス反応が生じ、それが長期間続き生活に支障が出た状態がPTSD(結果)です。
トラウマ直後に強い不安や恐怖が生じるのは、心を守るための自然な反応です。ただし、この反応が長引き、症状が続くことで、PTSDと診断される場合があります。
トラウマに関連する症状の検査・診断
トラウマの診断は、精神科・心療内科の医師による問診と心理検査などを組み合わせて行います。主な診断方法は以下のとおりです。
問診
生命の危機を感じた体験や強いショックを伴う出来事、長期にわたって繰り返されたつらい体験などについて、医師が詳しくお話を伺います。フラッシュバック(再体験)や、トラウマを思い出させる場所・人などを避ける行動、強い緊張が続く状態などの症状を確認します。また、症状による苦痛や仕事、家庭生活などへの影響も確認し、トラウマ体験が現在の状態にどのように関係しているかを評価します。
症状の原因や併存する疾患の確認
トラウマに関連する症状は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や急性ストレス障害(ASD)だけでなく、複雑性PTSD(C-PTSD)、適応障害、解離性障害などでもみられることがあります。そのため、医師による診察に加え、必要に応じて公認心理師と連携して心理検査を行います。自閉スペクトラム症(ASD)やADHDなどの発達特性についても確認し、複数の疾患や特性が重なっていないかを含めて状態を評価します。
身体症状や解離症状の評価
トラウマに関連して、動悸や過呼吸、現実感が薄れるような症状、原因がはっきりしない体の痛みなどがみられることがあります。こうした症状について、内科や脳神経外科などで扱う身体の病気が原因ではないかを確認します。必要に応じて他科とも連携し、身体的な要因を確認したうえで、トラウマに関連する症状について評価します。
トラウマの治療法
トラウマの治療では、症状や状態に応じて心理療法や薬物療法などを行います。患者さんが安心して治療を受けられる環境を整えながら、一人ひとりに合った方法を検討します。
トラウマ・インフォームド・ケア(TIC)と心理教育
トラウマに関連する症状の治療では、患者さんが安心して過ごせる環境を整えることを重視します。トラウマ・インフォームド・ケア(TIC)という考え方に基づき、患者さんが過去の体験によってどのような影響を受けているかを理解しながら診療します。また、フラッシュバックや強い感情の変化などについて説明し、症状への理解を深められるよう支援します。
心理療法・カウンセリング
PTSDに対しては、PE(持続エクスポージャー療法)やTF-CBT(トラウマに焦点を当てた認知行動療法)、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)などが用いられます。複雑性PTSDなどでは、感情の調整や対人関係への対応を学ぶ心理療法を取り入れることもあります。公認心理師などと連携し、症状や状態を確認しながら進めます。
薬物療法
強い不安や抑うつ、不眠などの症状がある場合は、薬物療法を行うことがあります。PTSDに対しては、抗うつ薬のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などが使用されることがあります。症状や状態に応じて、使用する薬を検討します。また、症状や体質などに応じて、漢方薬を用いる場合もあります。
ご家族への支援と環境調整
ご家族にトラウマによる症状について説明し、家庭での接し方や環境について一緒に考えます。また、職場や学校での環境調整、利用できる支援制度について案内することもあります。
トラウマに対するセルフケア
トラウマによる症状がある場合は、無理のない範囲で心身を休め、安心して過ごせる環境を整えることが大切です。
グラウンディングと深呼吸
フラッシュバックや強い不安が生じたときは、五感を使って「今、安全な場所にいる」と意識するグラウンディングという方法があります。足の裏が床についている感覚を意識したり、周囲にあるものの色や形を数えたりします。ゆっくり息を吐く深呼吸も方法の一つです。
刺激のコントロールと安心できる環境づくり
トラウマを思い出すきっかけとなるニュースやSNS、騒音などから無理のない範囲で距離を置きます。温かい飲み物や音楽など、自分が安心して過ごせる環境を整えることも大切です。
自分を責めずに心を休ませる
強い恐怖や不安を感じても、「自分が弱いから」と責める必要はありません。つらい感情を無理に抑え込まず、自分の状態を否定せずに受け止めることもセルフケアの一つです。
生活リズムを整える
無理のない範囲で睡眠や食事などの生活リズムを整えます。また、安心できる家族や友人など、信頼できる人とのつながりを保つことも大切です。症状への対処が難しい場合は、医療機関に相談しましょう。
トラウマを放置した場合のリスク
トラウマに関連した症状が続いているにもかかわらず、適切な支援を受けないまま過ごすと、さまざまな問題が生じる可能性があります。
まず、症状が慢性化・重症化するリスクがあります。また、つらさを和らげるためにアルコールや薬物などへの依存が生じることもあります。
さらに、仕事・学業・家庭生活・対人関係への影響が広がることもあり、特に子どもの場合は成長や発達に影響する可能性があるため、早期の支援が重要です。
トラウマの受診目安
過去のつらい体験による心身の不調が続き、日常生活や仕事などに支障が出ている場合は、医療機関への相談を検討しましょう。以下のような症状がみられる場合は、受診の目安になります。
- トラウマ体験に関連する悪夢を繰り返し見る
- 体験を思い出させる場所や人、ニュースなどを避けてしまう
- 常に緊張して落ち着かず、イライラや動悸、刺激への過敏さがある
- 強い不安や不眠が続き、以前のように楽しめない
- 強い罪悪感や孤立感があり、人を信用できないと感じる
- 感情を感じにくくなったり、周囲との間に距離を感じたりする
- 集中できず仕事や家事が手につかない、出来事の一部を思い出せない
- 飲酒量が増えるなど、問題となる行動がみられる
症状を一人で抱え込まず、気になることがある場合は、精神科や心療内科などの医療機関に相談しましょう。
当院のトラウマへの取り組み
対応できる治療・サポート体制
当院では日本精神神経学会 精神科専門医が、PTSDや複雑性PTSD、適応障害、解離性障害などの症状に加え、ASDやADHDなどの発達特性、抑うつ症状などについても確認します。
強い不安や不眠、抑うつなどに対しては薬物療法を行う場合もあります。また、一般的な薬物療法に抵抗がある方には、漢方薬の「神田橋処方」を検討する場合もあります。
さらに、TIC(トラウマ・インフォームド・ケア)の考え方を取り入れ、無理にトラウマ体験を話していただくのではなく、安心して診療を受けられる環境を整えます。必要に応じて公認心理師とも連携し、心理教育を行います。
PEやEMDRなど、専門的な心理療法が必要な場合には、対応可能な医療機関と連携します。
ご家族の同席やご家族からの相談にも対応しており、休職・休学に関する診断書の発行、職場・学校での環境調整についても相談できます。
初めて受診される方へ
初めて精神科・心療内科を受診することに不安を感じる方は多くいます。当院では、初診の方にも配慮した対応を行っています。
受診の流れは、Web予約またはお電話でのご予約、来院後に問診票のご記入、医師による診察(初診は約10〜15分程度)、処方または次回予約のご案内となります。
「何を話せばよいかわからない」という方も、気になっていることや困っていることをそのままお話しください。また、ご家族の付き添いにも対応しています。
トラウマに関するよくある質問
トラウマの治療や受診に関して、よくいただく質問にお答えします。
トラウマの治療にはどのくらい時間がかかりますか?
治療期間は、トラウマの種類や症状の程度、発症からの期間、個人の状況によって大きく異なります。大切なのは、焦らず自分のペースで治療を続けることです。医師と相談しながら無理のない治療計画を立てることが重要です。
心療内科に行くのは大げさではありませんか?
心療内科・精神科への受診は、大げさではありません。「症状が軽い」「自分だけが大変なわけではない」と感じて受診をためらう方は少なくありません。しかし、心療内科・精神科は重症になってから受診する場所ではなく、睡眠が取れない、不安が続く、フラッシュバックがあるなど、気になる症状がある段階で相談できます。大げさかもしれないと感じているときこそ、医療機関に相談することが大切です。



